~りよぐり~ ~Riyo's English~

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【第四話】「りよ」のアメリカ生活【高校編その1】



 こんばんは!

「Riyo's English」こと

「りよぐり」の時間だよー!

 

今日は

「りよのアメリカ生活 高校編」

英語力も上がってきて、

活動範囲も広くなり、

高校が正直一番濃かったから、

二部構成だよー!

 

Let's Get Started!!

 

 クラブチームに入った

 

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高校に入った後に「りよ」は

バレー部に入ったよ。

以前話したトライアウトも無事合格。

英語力も上がってきたし、

そろそろ部活を一つに絞って、

「クラブチームに入ろう」

という気持ちが生まれてきたよ。

 

母親がママさんバレーをしていて

たまに練習に付き合っていた僕は

クラブチームの方のトライアウトも

無事合格出来たよ。

 

クラブチームでの活動は、

学校の友達よりも濃い関係が

出来ていたように思うよ。

 

やっぱり同じ趣味だったり、

同じものに向かって頑張った

そういう仲間との繋がりは

普通のクラスメイトとは

全然違ったのかもなあ。

 

毎週末一緒に試合をしていたし、

トーナメント形式だったので、

勝ち抜けば土日だけで、

10試合する日もあったなあ。

 

アメリカ人の仲間に比べたら

全然背が低かったので、

ポジションは「リベロ」。

一人だけ違うユニフォームを着て

レシーブだけをするポジションね!

 

前列にいくことはないけど、

試合はいつもフル出場出来るから

気にっていたよ!

 

一番遠い時は泊まりで試合。

車で片道6時間。

高速は基本無料だし良かったけど、

日本に比べてとにかく国土が広いから

とっても遠かったなあ。

 

ちなみに、

オハイオのコロンバスから

ミズーリのセントルイスまで

試合にいったよ。

 

 運転免許取得

 

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その時の運転だけど、

日本の高校生だときっと

「親御さんの送り迎え大変!」

ってなるんだけど、

アメリカの僕が住んでいた州

オハイオでは15歳半で仮免許

16歳で運転免許が取れたよ。

 

だから、自分も交代しながら

母親と自分で運転して行ったよ。

 

ちなみに余談だけど、

アメリカではお酒が21から。

21歳になるまでは、

運転免許が縦向き。

21歳になって大人になると

日本と同じ横向きになるよ。

 

年齢確認の時に毎回年齢を

見なくていいよう工夫されているね。

 

僕がアメリカにいたのは

18歳までだから横向きの免許は

僕は持ったことがないよ。

 

免許を取るときに何よりも驚いたのは、

仮免許取得した後は

親が自家用車を同乗運転すること。

 

学校とかに通うこともなく、

タッチパネル式の学科試験に合格後、

仮免許が発行されてそのまま

「親と同乗運転して下さい。」

その間に講習をトータルで24時間受けて、

何度かプロの教官と同乗運転をして、

準備が出来たら試験に来てねー。

 

って感じ。

 

さすが車社会・・・。

とはいっても軽すぎない・・・?

 

※これも州によるみたい。

 

 部活動での差別

 

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多分皆が想像しているほど、

そんなに酷いものではないよ。

でも当時は辛かったから、

思い出しながら書くね。

 

アメリカの部活動では、

「1軍」「2軍」

のようにチームをいくつか作るよ。

僕らの学校では

「Versity」

「Jr.Versity」

って呼ばれていたけれど、

 僕は最初2年が「Jr.Versity」

後の2年が「Versity」だったよ。

 

その「Jr. Versity」二年目の出来事。

1年目よりは確実に上手くなったはず。

クラブチームにも入って頑張っていたし

1年生の時でも試合に出して貰っていた。

 

ただ2年目になった時に、

パタリと試合に出られなくなった。

 

1つ1年目と変わったことは、

「Versity」と「Jr.Versity」の

コーチが反対になったこと。

 

まさかそれが原因だとは

思わなかったけれど、

後から聞いた話によると、

親のクラブへの貢献度とか

英語力とかが関係してたみたいだよ。

 

又聞きだから真偽は不明だけれど、

昔からそのコーチは優先順位は

実力以外のところで決めている。

(アメリカ人のチームメイトも含め)

という風に有名だったみたい。

 

あそこの親は日本人だし、

英語もロクに喋れないから

そこの子を出すくらいなら、

役員とかで動いてくれている親が

自分の子どもの試合を見て

気持ちよくいてくれる方がいい。

 

そんな考えから試合に出さない。

という結論に至っていたみたい。

これは多分日本でもあると思う。

あそこはPTAの会長さんだから。

とかよくドラマで見るような奴。

 

3,4年目はコーチがまた変わり、

普通に試合に出られていたよ。

 

親の英語が話せていたり、

役員をしていたりしたら、

結果は違っていたのかなあ?

その点は未だに疑問。

 

 スタディーセンター

 

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向こうの授業では授業の合間に

「スタディーセンター」

「スタディーホール」

(学校によって呼び名が違う)

と呼ばれるような、

いわゆる自習時間があるよ。

 

先生は一応教室にいるけれど、

基本的には何をしていても自由。

他の子の迷惑にならなければ、

宿題をしてても、寝てても、

何しても自由。

 

これも学校や州によるんだろうけど

うちは教室を出るのはダメだったよ。

 

このスタディーセンターで、

僕が1年生の時に

教室を担当していた先生が

ドイツ語の先生だったよ。

 

僕はその時間を使って、

先生にドイツ語を教えて貰って、

2年生からドイツ語を選択したよ。

 

このスタディーセンターが

意外と僕の人生では重要だったよ。

この先生がいなかったら、

ドイツ語を選択してみようなんて

考えもしなかったと思うからね。

 

そういう点でもやっぱり、

教師とか恩師とかって、

人の人生を良くも悪くも変えてしまう

すごい力を持っていると思うよ。

 

今こうやって講師をしているのも、

このスタディーホール中に、

友達に勉強を教えていた僕の様子を見た

2年生の時の担当の先生が、

 

「あなたは将来絶対先生になるべきよ。」

「You should definitely be a teacher.」

 

と言われたのも大きく影響しているよ。

 

あの先生はめっちゃくちゃ厳しくて、

正直当時は苦手な先生だったけど、

(毎日リーディングログを書かせていた。)

 

リーディングログとは、

毎日英語の本を読んで、

そのあらすじを書く日記のこと。

結構嫌いな宿題の一つだった。

 

今考えると本当に感謝しているし

あの多読や授業が無かったら、

英語がここまで上達しただろうか・・・。

 

多分していないんだろうなあ。

 

そしてその経験があるからこそ、

今生徒さんに「とにかく多読」

と言っているんだろうなあ。

 

とにかく僕にとっては、

「ただの自習時間」

ではなかったのは確かだよ。

 

 第二言語の違い

アメリカの高校では第二言語が必須。

自分で選択して学習するよ。

日本だと国語と英語があるから

高校ではやらないけど、

アメリカは英語が国語だから、

もう一つ選ぶんだよね。

 

僕は日本語ネイティブだから、

「日本語を取れば簡単じゃん!」

って思ったけど、

「他の子とレベルが違いすぎる」

「レベル別でクラスが分かれている」

という理由からダメだったよ。

 

だから僕はドイツ語を選択したんだけど、

そこでも日本の言語教育との違いが。

今となっては日本の学校教育も

変わろうとはしているけど、

とにかく会話ベースでの学習が主。

3年目からはその言語だけでの授業。

日本の中3からはもう全部英語。

くらいの感じってことだよね。

 

それって正直日本では考えられない。

でも子どもの適応力って本当にすごいから、

やらせれば適応するんだよね。

 

ましてや僕は第二言語(英語)で

第三言語(ドイツ語)を学んでたから、

あんまり大差なかった気がする。(笑)

 

日本の学校教育も、

これからそういう風になっていくのかなあ。

 

さて、本日はここまで!

 

今日も最後まで読んでくれてありがとう!

 

次回は

 

www.riyogli.net

 

今日のスタディーホールの話で、

多読の先生の話をしたから

つい書きたくなっちゃった(笑)

 

是非お楽しみに!

 

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